東京地方裁判所八王子支部 昭和35年(ワ)170号 判決 1961年4月06日
原告 下柳沢住宅組合 外一名
被告 鈴木正義 外一名
主文
被告らは、原告飯田真次郎に対し、別紙目録記載の土地の所有権(共有持分)移転登記手続をせよ。
被告らは、各自、原告下柳沢住宅組合に対し、金三万三〇円、およびこれに対する昭和三五年五月九日以降右完済まで、年五分の割合による金員を支払え。
原告下柳沢住宅組合のその余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
この判決は、第二項にかぎり、仮りに執行することができる。
事実
第一原告らの請求の趣旨
「被告らは、原告飯田真次郎に対し、別紙目録記載の土地につきなされた、東京法務局田無出張所昭和二七年七月二一日受付第二一五四号所有権取得登記について、被告らの共有持分を原告飯田真次郎に移転する登記手続をせよ。被告らは各自原告下柳沢住宅組合に対し、金二七万五五四〇円、およびこれに対する昭和三五年五月九日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、ならびに第二項にかぎり仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する被告らの答弁
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求める。
第三原告らの請求の原因
一、昭和一八年ごろ、旧中島飛行機株式会社(のちに富士産業株式会社と商号変更した。)は、その所有する別紙目録記載の土地以下「本件土地」と称する。)および附近一帯の借地上に、従業員の社宅とするため、集団住宅六九棟をつぎつぎに建設した。終戦後、右集団住宅の居住者らは、従業員たる地位をはなれ、住宅難の折から、居住権を確保するため、家屋および本件土地を含む一帯の土地の権利を右会社から買収しようと考え、その必要のため、居住者全員が一団となつて結束した団体を組織して、右会社等と買取交渉をすることにした。かようにして、昭和二二年ごろ、これらの者を構成員として、下柳沢借家組合と称するものが結成され、被告鈴木正義が最初の組合長となつた。やがて組織が次第に強化され、富士産業株式会社(以下「訴外会社」と称する。)から土地家屋を買収するとともに家屋を構成員に譲渡しうる見込みがついたので、昭和二五年四月ごろから下柳沢住宅組合(以下「原告組合」と称する。)と改称し、昭和二五年一二月ごろまでの間に、訴外会社から土地家屋の買収に成功し、昭和二七年四月ごろから、規約を制定し、一層、その組織を整備強化して現在にいたつた。これが原告組合である。
二、原告組合の法的性格は、権利能力なき社団である。すなわち、原告組合は、規約(甲第一号証の二)によつて明らかなとおり、組織された意思決定機関および執行機関を有し、原告組合の行動は、すべて原告組合の名において、その代表機関によつてなされ、構成員たる個々の組合員は、総会を通じ多数決原理によつて機関の行動を監督し、原告組合の運営に参画しうるにすぎない。また、組合員相互間においても、組合契約のごとき債権契約は存在せず、組合員の加入脱退等により団体の性格を変ずることはない。組合員たる地位は、個々人の個性に立脚したものではなく、当該地区における家居の所有権者であるという地位に基く(規約第三条)のである。したがつて、名称は組合であつても、いわゆる民法上の組合、すなわち、団体成立の原因を債権契約に求め、組合員の個性を重視し、団体の行動は、構成員の全員、もしくは全員から個々に代理権を与えられた者によつてなされるところの民法上の組合とは、いちじるしく法的性格を異にすることは明らかである。されば、原告組合は実質上、社団であつて、公益をも営利をも目的とせず、もつぱら構成員の居住権確保という非営利的利益を目的とする関係上法人となりえないところの、いわゆる権利能力なき社団というべきである。
三、本件土地は、昭和二六年一二月ごろ、原告組合が訴外会社から集団住宅(右住宅は、規約にしたがい、その後原告組合から各組合員に、それぞれ譲渡されて各組合員が所有者となつた。)とともに購入したものであつて、原告組合が団体として所有権を主張しうべきところ、原告組合は法人ではないから、組合財産といつても実際は総組合員の共同財産にほかならず、これは規約第三二条によつても明らかである。そして右共同所有の形態は、総組合員の総有に属し、組合員各自は、組合財産につき総会を通じて管理処分に参画するだけで、個々に持分権を有せず、また個別に所有権を主張しえない。また、本件土地の処分につき、総組合員の同意を要するとか、個々の財産につき持分の分割、または払戻請求を許すとかの規約の規定も慣習も存在しない。
四、原告組合は、昭和二六年一二月ごろ、訴外会社から本件土地を買いうけたが、権利能力なき社団であるため、登記申請能力を欠くものとして登記名義人となりえなかつた。そこで、原告組合の役員会の決議により、当時の組合長であつた被告鈴木正義、副組合長であつた被告永江秀次、顧問であつた原告飯田真次郎の三名が組合を代表し、組合のため共同で登記名義人となり、昭和二七年七月二一日、本件土地につき、東京法務局田無出張所昭和二七年七月二一日受付第二一五四号所有権取得登記を了した。かようなばあい、代表機関たる自然人、もしくは、本件のごとくその委任をうけた自然人の名をもつて登記をすることは、なんら妨げないというべく、右委任は、組織された機関によつてなされることを要し、それをもつて足りるのである。されば、被告両名が本件土地の共同所有名義人となりえたのは、原告組合の機関により委任されたため登記すべき権利を生じたのであつて、被告らが本件土地の共有者であつたからではない。ところが、被告鈴木正義は昭和三〇年八月ごろ、被告永江秀次は同年一一月ごろ、いずれも原告組合の前記役員を辞任しており、現に被告らは原告組合の役員の地位にないのであるが、昭和三五年三月一八日、原告組合が業務上登記準備の必要のため被告らに対し所要の登記関係書類に、なつ印を求めたのに、言を左右にしてこれに応じなかつた。原告組合としては、かかる状態では業務上重大な支障をきたすので、同年四月二五日、理事会の議決により、被告らに対する本件土地の登記名義人たることの前記委任を解除し、常任理事である原告飯田真次郎に対し単独で本件土地の登記名義人たることを委任した。よつて被告らは、右決議の趣旨にしたがい、前記三名の共同所有名義を原告飯田真次郎の単独名義とするため、原告飯田真次郎に対し被告らの共有持分移転の登記手続を履行する義務があるにもかかわらず、その登記手続を履行しない。よつて原告飯田真次郎は被告らに対し、請求趣旨記載のごとき登記手続の履行を求める。
五、原告組合は、被告らが前記なつ印を拒否して右登記手続の履行をせず、故意に原告組合の業務を妨害したため、それによつて、次のごとき合計金二七万五五四〇円の損害をこうむつた。
(一) 金二一万円。
弁護士着手手数料、旅費、日当、謝金。
(二) 金一万三九四〇円。
訴訟準備のため、登記、土地台帳謄本請求費、文具等購入費、交通通信等費用。
(三) 金二万一六〇〇円。
対策協議のための組合員日当(一日金八〇〇円の報酬規定による。)
(四) 金三万円。
測量士に対する損失補償費用。
六、右損害は、被告らが委任の本旨に反し、正当な理由なく原告組合の求める登記手続に協力せず、よつて、故意に原告組合の業務を妨害したことによつて生じたものであるから、被告らは原告組合に対し、各自(不真正連帯)、不法行為による損害賠償として右金二七万五五四〇円を支払う義務がある。よつて原告組合は、右損害金二七万五五四〇円およびこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三五年五月九日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第四請求原因に対する被告らの答弁ならびに主張
一、請求原因事実中、原告組合に規約が制定され、代表者の定めがあること、原告飯田は原告組合の常任理事であること、被告鈴木が初代組合長であつたこと、本件土地につき被告鈴木、被告永江、原告飯田の三名が共同登記名義人となつて所有権取得登記がなされていること、被告鈴木、同永江は、その後役員を辞任し、現在両名とも原告組合役員でないこと、原告組合が、業務上登記準備の必要から、被告両名に対し、所要登記書類に、なつ印すべきことを求めたが、被告両名はこれに応じなかつたこと、本件土地が被告らの所有に属しないことは、いずれも認めるが、その余の事実は、すべて否認する。もし原告組合が社団であるとしても、権利能力なき社団であるから、権利主体となりえず、本件土地を所有することはできない。また、本件土地が原告組合の所有であるとしても、実体上の権利移動がないのに、原告飯田に所有権取得登記名義人となることのみを委任して、被告らに対し登記抹消請求することはできない。
二、原告飯田に対する右委任は、主として登記抹消訴訟のためのものであり、信託法第一一条に定める訴訟信託禁止のばあいにあたるから無効である。
第五右主張に対する原告らの答弁
一、被告らの主張事実は、すべて否認する。原告組合は法人格なき社団であつて、本件土地は総組合員の総有に属し、組合員の共有に属しないこと前記のとおりである。また原告組合は、権利能力なき社団であるが、本件のごとき損害賠償請求をすることができるのである。すなわち、権利能力なき社団が、一般に権利義務の主体と認められないというのは、単に、民法上、法人たるの要件を欠くというにとどまり、社会活動の一単位としての実体をそなえないからではない。原告組合は、前記のごとき組織を有して社会活動をする社団であり、社団固有と認むべき資産を有し、それによつて独自の経済活動をも行つている社会的実在である。民事訴訟法第四六条も、かかる権利能力なき社団に対し、原告もしくは被告となりうる旨を明らかにしている。この規定が、紛争解決の方法としては、当事者の権利能力の有無を問題とせず、外部に対し明確な組織をもつ非法人社団の存在を卒直に認めて、これに当事者能力をあたえ、解決を容易にしようとの訴訟法的配慮から設けられたことはいうまでもない。それゆえ、同条により当事者能力が認められる以上、非法人社団で権利義務の主体となりえないものであつても、当該訴訟の限度においては、法人と同様に権利義務の主体として取り扱い、権利義務の帰属を判断することは、少しも妨げないと解すべきである。換言すれば、民法上、一般には権利の主体と認めないものでも、訴訟法上、当事者能力が認められる以上、当該訴訟においては、これを権利能力あるものとして取り扱わなければならないのである。非法人社団よりの給付請求を認容する裁判は数多く存するが、これらは、いずれも給付の前提となる権利等が非法人社団に帰属するとの観念を前提とするものであつて、もとより正当である。
二、原告組合が原告飯田に対し、本件土地の登記名義人となることを委任した事実を信託行為と目することはできない。のみならず、訴訟行為を主たる目的としたものでもないから、信託法違反との主張は失当である。
第六証拠関係
一、原告らは、立証として、甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第一三号証を提出し、証人小林為八郎の証言、原告代表者柏木三郎(第一、二回)および原告飯田真次郎本人尋問の結果を援用し、乙第八号証の成立は知らないが、その余の乙号各証の成立は、すべて認める、と述べた。
二、被告らは、立証として、乙第一および第二号証、第三号証の一(作成者富士産業株式会社)、第三号証の三(作成者被告鈴木正義)、第三号証の五および六(いずれも作成者被告鈴木正義)、第四ないし第八号証を提出し、被告両名本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第四ないし第六号証、第七号証の二、第八ないし第一〇号証の各成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は知らない、と述べた。
理由
原告組合に規約が制定され、代表者の定めがあること、原告飯田が原告組合の常任理事であること、被告鈴木が原告組合の初代組合長であつたこと、本件土地につき、被告鈴木、同永江・原告飯田の三名が、共同登記名義人となつて所有権取得登記がなされていること、被告両名は、その後原告組合の役員を辞任し、現在、被告両名とも原告組合役員でないこと、原告組合が、業務上登記準備の必要により、被告らに対し、所要登記書類に、なつ印すべきことを求めたが、被告らはこれに応じなかつたこと、ならびに本件土地が被告らの所有に属しないことは、いずれも当事者間に争がない。
そこで原告組合が、いわゆる法人格なき社団であるか否かについて判断するのに、成立に争がない甲第一号証の二、第九号証の各記載に、証人小林為八郎の証言、および原告飯田真次郎、被告鈴木正義(後記不採用部分を除く。)各本人、ならびに原告組合代表者尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、原告組合は、「下柳沢住宅組合規約」と称する四三条よりなる規約を有し、右規約によれば、原告組合は、「下柳沢住宅組合」と称し、その目的は、組合員(家屋所有者)の居住権を確保するため、住宅用地等を購入または借受をして組合員に右土地所有権を譲渡し、またはこれを賃貸(転貸)することにあつて、右目的達成のため、住宅用地の購入および借受、福利厚生施設の設置および管理、土地建物の保全管理、ならびに、これらに必要な資金、経費の組合員負担額割当、徴収、ならびに処理、その他必要な事項等に関する事業を行うものとし、内部機関として、総会、評議員会、理事会、委員会等が置かれ総会(定時総会は毎年一回四月に開催し、その他必要なばあいに臨時総会を開催する。)は、最高議決機関であつて、総組合員の二分の一以上の出席によつて開き、総会の決議は出席組合員の過半数をもつて決すべきものとし、評議員会は、総会の代行機関であつて、評議員(二三名)の三分の二以上の出席によつて開き、評議員会の議決は出席評議員の三分の二以上の多数をもつて決すべきものとし、理事会は、最高執行機関であつて、役員(組合長一名、常任理事一名、会計理事一名、理事三名。)および書記(一名)をもつて構成し、その三分の二以上の出席によつて開き、議決は出席理事の三分の二以上の多数によつて決すべきものとし、組合長は、総組合員の投票により選出され組合を代表して組合業務を総理し、評議員は、組合を六班に分ち、第一班から第五班までは各四名、第六班は三名の評議員を、それぞれ各班ごとに投票により選出し、(組合長、常任理事、書記は評議員の資格を有する。)以上のほか、会計監査委員(二名)庶務委員(六名)ならびに相談役が置かれ、役職の任期は一年と定めているほか、組合運営の通常経費は組合費(組合員が毎月組合に納入する。)をもつて支弁し、組合員は割当負担額を組合に納入するものとし、組合員が組合を脱退するばあいは、自己名義の家屋を第三者に譲渡することとし、脱退によつて組合に対し一切の権利義務を失うものとし、あらたに組合に加入する者は、譲渡人の権利義務を承継し、組合加入金として金一万円を組合に納入する等の規定が定められている。そして昭和二七年度に七五名の組合員数があつたものが、その後毎年数名の脱退者と若干の加入者があつた結果、昭和三五年度の総組合員数は九九名となつており、個々の組合員の脱退加入があつても同一性に変動なく存続し、対外的関係においても組合長が原告組合を代表し、第三者も個々の構成員の個性を問題とすることなく、その団体そのものと取引をしてきたものであり、団体には固有の財産を有し、土地の公租公課も原告組合において支払をしてきている。また組合規約には、団体財産に対する構成員の現実の持分権を認めた規定もなく、持分権の自由譲渡を認めた規定や分割請求の自由を認めた規定も全く存在しておらず、実際にも個々の構成員の分割請求を肯認した事実もない。
以上の事実を認めることができる。このように、たとい名称に「組合」との名を冠していても、その構成員が相当の多数で、構成員の加入脱退があつても、その団体の同一性に変動がなく、独立固有の目的をもつ単一体として社会活動を行い、外部の第三者も個々の構成員の個性を問題としないで団体そのものと交渉、取引をしていると認められ、内部関係においても、団体としての一定の組織をそなえ、社団法人に準じて一定の規約を定め、これにより、目的、名称、事務所、代表者その他役職員の任免、総会その他の機関ならびにその運営、構成員の脱退加入、財産の管理、費用の負担、その他重要な事項を規約に明示して、その根本組織を確定しているものは、いわゆる法人格なき社団たる性質を有するものというべきであるから、原告組合は、法人格なき社団で代表者の定めあるものと認めるのが相当である。もつとも原告組合の規約中には、組合の施設、財産に対し組合員は「共有」の権利を有するかのごとき記載部分があり、被告鈴木正義本人尋問の結果中にも、組合員は平等の持分権を有するかのごとき供述部分が存在するけれども、右本人尋問の結果によつても明らかなごとく、被告鈴木正義は、原告組合が最初に規約を制定した当時の組合長であるが、「組合」との名称を冠したのも、とくに民法上の組合とする趣旨で、その名称を付したわけではなく「共有」との字句を用いたのも、広義における「共同所有」の形態たる趣旨を示したにほかならないのであつて、狭義の「共有」(共同所有者間の団体的結合の目的等なんら特別のつながりもなく、団体的結合の程度は微弱であるのに、物件が単一である関係上、いわば、やむをえず共同所有の関係にあるもので、個人的性格が強く、各共同所有者が現実的に持分権を有し、いつでも持分の自由処分ができるとともに、いつでも分割請求の自由を有する共同所有形態たる狭義の「共有」をいう。)そのものである趣旨を規定したわけではないこと明らかである。してみると、原告組合が、たとい、その名称に「組合」の名を冠し、規約中の一部に「共有」との字句が使用されているとしても、それだけでは、原告組合が法人格なき社団で代表者の定めがあるものの性質を有するとの前記認定の妨げとはなりえない。被告鈴木正義本人尋問の結果中、以上の認定に反する部分は、前記証拠と対照して、にわかに採用できず、そのほかに以上の認定に反する証拠はない。
そこで原告飯田の被告らに対する登記請求について判断するのに、前記甲第一号証の二、第九号証の各記載のほか、成立に争がない甲第一号証の一、第二号証の一ないし三、第四ないし第六号証、原告組合代表者(第一回および第二回)尋問の結果によりそれぞれ真正に成立したものと認める甲第三号証および第一三号証の各記載、証人小林為八郎の証言、原告組合代表者、原告飯田真次郎、被告鈴木正義、同永江秀次本人各尋問の結果を総合すれば、原告組合は、昭和二七年七月二一日、訴外会社から本件土地を買いうけたが、その所有権取得登記について原告組合が法人格なき社団であるため手続上登記申請能力がないとして取り扱われ、原告組合名義、もしくは原告組合のためにする資格を付した登記もできないので、最高執行機関(現在の理事会に相当する。)たる班長会議(各班から選出された班長らによつて構成されており、理事会が設けられるまでの間の組合の重要案件は、すべて班長会議で議決されていた。)において、本件土地の取得登記名義を、当時の組合長であつた鈴木正義の単独名義にするか、数名の名義にするかについて、あらかじめ論議された結果、鈴木正義(当時の組合長)、永江秀次(当時の副組合長)、飯田真次郎(当時の顧問)の三名名義をもつて登記手続をすることに決まり(これは総会の承認もえた。)、昭和二七年七月二一日、右三名名義をもつて、本件土地の所有権移転登記手続をうけたが、その後原告組合の役職員等も改選され、昭和三〇年ごろから柏木三郎が組合長に選出され、昭和三五年になつて原告組合の事業も本件土地の分譲等に着手すべき最終的段階をむかえ、移転登記の準備にかかる段階になつたので、組合長は同年三月一八日付「組合所有地移転登記に関する捺印の件」と題する書面によつて、前記登記名義人に対し、移転登記手続に必要な関係書類に押印すべきことを要求したのに、被告ら両名はこれに応ぜず、同年同月二〇日付「組合所有地移転登記に関する件についての回答」と題する書面によつて、まだ時機が早いと思うこと、組合事業運営上の不満があること、その他の組合の内部事情に関する理由をもつて、これを拒む意思を明らかにしたので、組合長は同日さらに被告ら両名に対し書面をもつて、被告らの疑義に対する組合の見解を表明してふたたび前記押印を求めたが、被告らはこれを拒絶したので、止むなく原告組合は同年四月二四日の理事会において、被告ら両名は、もと原告組合の役職員であつた当時原告飯田とともに組合の決議に基いて登記名義人となつたが、その後役職員もかわつて現在その地位になく、しかも組合の前記書面等による関係書類なつ印の正式要求に対しても独自の見解を主張してこれを拒否し、もつて組合業務を妨害しているので、止むなく常任理事(副組合長にあたる)たる原告飯田の単独名義に移して、土地の分譲その他規約に定められた目的達成のため必要な事業を遂行すべく、被告らに対する前記登記名義に関する委任を解き、被告ら名義の共有持分の譲渡により原告単独所有名義にうつすべき旨の決議をし、翌二五日の評議員会において右理事会の決定事項を承認する旨の決議がなされたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。なお被告らは、原告組合が本件土地所有名義を原告飯田単独名義にすることを原告飯田に委任した行為は、信託法第一一条に定める訴訟信託にあたるから無効である旨主張するが、原告組合は、被告らの前記なつ印拒否により業務を妨げられているので、原告組合の性質上、前記目的達成のため、止むなく原告飯田の単独所有名義にうつして最終段階にある前記事業を遂行すべき旨の決議をし、原告飯田も右決議の趣旨にしがたい、被告らに対し共有持分移転登記を求めているのであること前記のとおりであつて、訴訟行為をなさしめることを主たる目的としてなされたものでないこと明らかであるから、被告らの右抗弁は失当である。してみると他に格別の主張および立証のないかぎり、原告組合の構成員たる被告ら両名は原告飯田に対し、右決議の定めるところにしたがい、本件土地に対する共有持分譲渡による移転登記をする義務があるものというべきである。
つぎに原告組合の被告らに対する損害賠償請求について判断する。まず、訴外旭測地社こと内藤俊郎に対する金三万円の債務負担による被告らに対する損害賠償請求について考えるに、被告らは原告組合から前記のように組合の事業の遂行に必要な登記関係書類に押印すべきことを正式に要求されながら、これを拒絶したこと前記のとおりであつて、さらに証人小林為八郎の証言、および原告飯田真次郎本人尋問の結果により真正に成立したと認めうる甲第一二号証の記載に、証人小林為八郎の証言ならびに原告組合代表者、原告飯田真次郎本人尋問の結果を総合すれば、原告組合は訴外旭測地社こと内藤俊郎に対し、本件土地の所有権移転登記に必要な関係書類の整備、作成を依頼し、右訴外人は右関係書類の整備、作成に着手したところ、被告らの前記押印拒否のため、前記登記手続をすすめることができず、右登記手続を予定した右訴外人の前記関係書類の整備、作成に関する右業務は全然むだになつてしまい、右訴外人は合計金三万円ほどの損失をこうむつた結果、原告組合は、右訴外人から昭和三五年四月二五日付請求書をもつて、原告組合の内紛により右書類整備費ならびに日当として合計金三万円相当の損害をこうむつたとして、金三万円の支払請求をうけ、もつて右訴外人に対し右金三万円の損害金債務を負担するにいたつたことを認めることができる。してみると、他に反証のないかぎり、被告らは、前記登記手続を履行すべき義務があるにもかかわらず、故意にその履行をせず、原告組合の正式の要求をも拒否し、よつて原告組合の業務を妨げ、そのため原告組合に右金三万円の債務を負担させて同額相当の損害をこうむらせたものというべく、被告らの右行為は不法行為にも該当するとみることができるから、右損害は被告らの右不法行為と相当因果関係があるものとみられるので、被告らは連帯して原告組合に対し、右損害賠償として金三万円を支払う義務があることは明らかである。つぎに、原告組合の本件訴訟準備のための登記簿および土地台帳等謄本請求費、文具等購入費、交通通信費等合計金一万三九四〇円、および対策協議のための組合員日当合計金二万一六〇〇円の損害金請求について考えるのに、証人小林為八郎の証言および原告飯田真次郎本人尋問の結果によつて真正に成立したと認めうる甲第一一号証(「証明書」と題する書面)の記載に右証言ならびに本人尋問の結果を総合すれば、原告組合は昭和三五年三月二〇日以降同年四月二九日までの間に右対策協議のために要した費用と称し、交際費、文房具費、交通費、雑費、通信費、事務費等の費目名義のもとに合計金一万三九四〇円、組合員の日当と称し、日当の費目名義のもとに合計金二万一六〇〇円の支出がなされたことが認められるけれども、前記「証明書」と題する書面について、これらの支出が果して被告らの前記不法行為と相当因果関係に立つ損害といいうるか否かにつきその内容を調べてみるのに、右支出費用の内訳は、煙草代、食費、茶菓代、封筒代、弁護士訪問交通費、同夕食代、弁護士に対する名刺がわり、弁護士訪問タクシー代、夕食代、速達料、通話料、弁護士車代、昼食代、電話料、用紙代、弁護士訪問食事代、土地評価証明費、台帳閲覧料、土地謄本料、対策協議のため深更におよんだ組合長、常任理事ならびに書記等の手当、対策協議のための組合長、常任理事等の日当、弁護士との打ち合わせのための組合長、常任理事、書記等の日当、対策協議のため諸官庁連絡の日当、書類作成および対策協議のための深夜手当、等と称するものである。ところで、およそ弁護士訪問旅費、評価証明交付手数料、台帳閲覧料、登記簿謄本交付手数料等は、具体的事件では法定の訴訟費用に包含されることもありうるのであつて、これらにつき民事訴訟法に基く訴訟費用賠償請求権を行使してその取り立てをしながら、さらに同一の費用につき重複して実体法上の損害賠償請求権を行使して取り立てることが許されないのはもちろんであるが、いまだ当該訴訟費用負担の裁判もなされていないときに、これらをとくに除外することなく、民事訴訟法に基く訴訟費用償還請求権とは発生原因を異にする実体法上の理由に基く損害賠償請求をすることも妨げられないと解されるところ、本件において、昭和三五年四月二八日付台帳閲覧料として金三〇円を支出した費用は、反証のないかぎり、被告らが故意に登記関係書類なつ印を拒否して原告組合の業務を妨げた結果、原告組合が訴訟準備のために本件土地台帳を閲覧するに要した手数料の実費であるとみられ、被告らの右行為によつて原告組合は右費用相当の損害をこうむつたことが推認でき、相当因果関係も肯認できるので、被告らは連帯して原告に対し、右損害賠償として金三〇円を賠償する義務があるというべきである。つぎに、弁護士訪問交通費と称するものをみると、甲第一一号証の記載によれば、昭和三五年四月一三日には三名分として金八〇円、同年同月一八日には三名分として金八〇〇円、同年同月二八日には三名分として金二一〇円となつていて、ひとり当りの旅費、実費がいくらであるか等費用算定の基礎が不明確であり、また土地評価証明費ならびに土地謄本費と称するものをみると、それぞれ、同年同月二八日に金四〇〇円ならびに金五九四〇円となつているが、当該証明書ならびに謄本等の交付手数料等の実費がいくらであるか等、これについても費用算定の基礎が不明確であるから、これらにつき原告組合が前記金額の支出をしたとしても、他に格別の立証のないかぎり、右支出が相当因果関係にある原告組合の損害であると認めることはできない。また甲第一一号証中、右以外の諸費用をみても、その内訳は、「交際費」と称する煙草代、名刺がわり、車代、「会議費」と称する昼食代、夕食代、「文具費」と称する封筒代、「事務費」と称する用紙代、「通信費」と称する速達料、通話料、「日当」と称する組合長その他組合員の深更手当ないし日当、対策協議手当ないし日当、弁護士との打ち合わせの日当、諸官庁連絡日当等であるから、これら諸費用を原告組合が支出したとしても、他に格別の立証のないかぎり、これらの諸費用が、被告らの前記行為と相当因果関係のある損害にあたるとは、とうてい認めがたい。つぎに原告組合の弁護士費用合計金二一万円の損害賠償請求について考えるのに、成立に争がない甲第一〇号証の記載に証人小林為八郎の証言を総合すれば、原告組合は昭和三五年四月二八日、本件訴訟代理の授権をした弁護士に対し、原告組合と被告らとの間の本件訴訟の着手手数料として金八万円、その旅費日当として金三万円、以上合計金一一万円を支払つて支出をしたほか、本件訴訟において勝訴したときは、弁護士に金一〇万円の成功報酬金を支払う約を結び、もつて右成功報酬金債務を負担したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右弁護士費用は、本件訴訟物の価格に比し、その一割にも足りない額であることがうかがえるのである。ところで、いわゆる不当抗争による弁護士費用の損害賠償請求については、一般に他人から提起された訴に応訴するばあい、もし応訴した被告が敗訴しても、単にそれだけでは不法行為を構成するものではないこと明らかである。これは、いわゆる狭義の不当訴訟による弁護士費用の損害賠償請求上の問題(ある訴訟において単に原告の請求が排斥されたからといつて、その一事により当該訴訟における被告の弁護士費用を原告が賠償する義務を負うことになるのでなく、狭義の不当訴訟が少なくとも不法行為の要件を具備することを前提として、はじめて弁護士費用の賠償請求をしうるものといわなければならない。)とも対比すべき問題であつて、当該応訴による抗争が不法行為としての要件をそなえているか否かを検討して弁護士費用の損害賠償義務の存否を決すべきである。そしてこのことは、たとい不法行為者とみられる者との間に紛争を生じたため、この者に対し原告が積極的に訴を提起し、相手方が被告として訴訟において抗争するばあいにおいても同様であつて、かようなばあい原告が支出もしくは負担した弁護士費用を現行法上不法行為による損害賠償として被告に請求しうるためには、相手方が単に不法行為者であつたとの一事により、直ちに不法行為による相当因果関係のある損害として右費用の損害賠償を請求しうるものでなく、応訴による不当抗争がそれ自体不法行為の要件を具備するか否か、ことに違法性をそなえるか否かを検討し、応訴による不当抗争が公序良俗に反し(もつとも、基礎たる不法行為等が、すでに、強度の違法性をそなえる犯罪行為であるとか、またはこれに準ずべき強度の反社会性、反倫理性を帯びるとみられるにもかかわらず、あえて応訴による不当抗争をつづける等のばあいには、応訴による不当抗争が公序良俗に反することを容易に推認しうるであろう。)不法行為の要件を具備するとみられるばあいに、そのため原告が支出しもしくは負担した弁護士費用中、当該訴訟の具体的事情にしたがい必要と認められる相当額にかぎり不法行為による相当因果関係のある損害として賠償請求を肯認しうるものと解するのが相当である。本件において被告らは原告組合の前記なつ印要求を拒んで原告組合の業務を妨げ、原告組合の理事会、評議員会の議決にしたがわないで抗争すること前記のとおりではあるけれども、前記甲第五号証、および被告鈴木正義本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第八号証の各記載に、被告両名本人尋問の結果を総合すれば、被告らの右抗争は、もつぱら原告組合の運営等内部関係における意見の相違から生じているのであつて、基礎たる不法行為は、もちろん違法性を具備しているけれども、前記のように、とくに強度の違法性をそなえる犯罪行為、もしくはこれに準ずべき強度の反社会性、反倫理性を帯びるほどのものとは認められないから、それだけでは応訴による被告らの抗争がそのまま公序良俗に反するものと推認することができないのみならず、応訴による抗争それ自体においても、なんら公序良俗に反し不法行為を構成するとは認めがたいから、他に格別の立証のないかぎり右弁護士費用の損害賠償請求も排斥せざるをえない。そして被告らに対する訴状送達日が昭和三五年五月八日であることは、本件記録に徴して明らかである。
してみると、原告らの本訴請求は、原告飯田の前記登記請求ならびに、原告組合の前記金三万三〇円およびこれに対する昭和三五年五月九日以降右完済まで民法所定の年五分の割合による損害賠償請求は、いずれも正当として、これを認容すべきであるが、その余の請求は理由がないから、失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文、仮執行宣言につき、同法第一九六条を適用したうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 青山達)
目録
東京都北多摩郡保谷町大字上保谷字下柳沢七〇七番の三
一、宅地 六〇坪
同所 七一〇番
一、宅地 一七六三坪
同所 七一七番の一の二
一、宅地 五七坪五合三勺